みな磨かれているのです。

2人姉弟、
当方は、この母親からうまれたのは、父の障害致傷罪1年間の実刑がおわり
出所したころに種が仕込まれて
当方が生まれました。
ですから、姉と当方との間には深くて暗い川がある(p_-)
懺悔の日々を送っている頃の父の細胞が当方にそっくり受け継がれたわけです。
だから日々哲学的な考えをもってブログをやっているのだろう

姉は2歳の頃に父に足蹴にされたと最近言い出してきました。
いわゆる過去の断片的な記憶のカケラが、積み木のように重なつたのは
ごく最近
なぜたった2歳の可愛い盛りの小さな娘を足蹴にしたのか?
この深い事情は、此処では語れません 語っても良いのだが

これは姉のプライバシーなので
当方の大切な唯一の姉なので

いわゆる、年齢を重ねるたびに生い立ち、ルーツでの光景がフラッシュバツク

当時、父が交通事故死し、嫁入り先のお姑と折り合いがつかずって話は

当ブログでも、何度か語っていますから、毎日当方の記事を読まれているご常連さんは

記憶にとどめているところだろうと思う。

父が他界した後すぐに、母親の実家へ当方たち2人預けられて
4年間、初めて出会う母方の親族の家に置き去りにされ
姉と当方は、切ない幼少時代をスタートしたのでした。

姉はもともと、父の故郷でも可愛い可愛いと育てられていました。

姉の当時の写真を見ると、お人形さんがお人形さんを抱いた記念写真でした。
それほど、可愛いということです。

預けられた先では、2歳下の弟の姉として
人見知りをしながらも大人たちに協調して言いつけを守り
素直な女の子を演じ続けていたようです。

当方は、生まれ故郷の頃からわがままで母親を困らせたりしているような子供でしたので

嫌いなものは嫌い! 正直で、ご厄介になっていた、祖母 叔父2名 叔母1
普通のこどものように、明るい子供ではありませんでした

気を許して、心を開いたことはなかったです。

味方は姉だけでした。

4年の歳月が過ぎ

やっと母親に引き取られることになりました。

母親の実家のど田舎から一気に東京へ

母子家庭3人の生活がはじまった!

て、当方の生い立ちは、マジにドラマになりますよ1

当方が有名になればの話ですが

6畳一間のアパート、お風呂なし 母と姉と当方、当時小4 3人家族スタート!

半年もしないうちに、見知らぬオジンを母親が連れてきて紹介されました。

その男に次第に慣らされて、東京へ出てきてから第一回目の引っ越しが訪れました。

次の部屋では、男が一緒でした。

その引越を皮切りに、当方小学校の間、引っ越し12回 転校5校

夏休み前に転入したところは、転入してはじめの挨拶をしておよそ1ヶ月間
で夏休みに入り、そのまま引っ越し転校

ある引越し先では、大きなカラーテレビ、母と祖母でお金を出し合って買った
姉のエレクトーン
金になる家具類、そして父の指輪

みんな質屋に入れられて、部屋の中がまるで引っ越し中同然の有様でした。

母親は正式に再婚したようで、父親の名字から男の姓に変わりました。
実の父親の遺品であるオニキスの指輪は

実は、父が友人たちと晩酌をされていた時に、父のあぐらに当方いくつか覚えてないが
父に指にハマる指輪に興味をいだき

指輪の平で黒い石に父がコップの水滴を垂らしてみて、黒いオニキスの石の上の
水たまりを水面張力で水たまりドームを作って当方に見せてくれたのです

その指輪を見て当方は
こう言いました。

おとうちやん! おとうちゃんが 死んだらこの指輪頂戴!

ハッキリ覚えています。

次の父の記憶は、お葬式で遭遇

交通事故死で即死でした。

死んだということがまだ理解できない当方でしたので、従兄弟と葬式で笑っていました。

父の愛人さんだったのだろうか、祭壇へ罵声を飛ばしてお金を投げていた着物の喪服姿の女性

母が言うのは、当時、お姑との折り合いが悪いので、東京で家族4人暮らそうと
話していた矢先だったそうな…

葬式でのあの謎の女性は?

5歳の当方は、その光景を焼き付くほどのワンシーンでした
泣き崩れて罵声まで飛ばした人はいなかったので
きっと、父と甘い約束でも交わしていたのだろうと推測

その父の指輪は、質屋に流されました。

母親の男はギャンブル依存症でした。競輪競馬競艇
母親が父の生命保険金を持って父方から出たので

その保険金は、ほとんどギャンブルに投資されたようでした

いわゆる、水商売で悪い男に引っかかったわけです
おしゃべりな母は気を許して身の上話をしたのだろうと

保険金の話もシた結果だろうと思う

籍まで入れて、姓まで変わって2年間、当方6年生は2学期に転入してきて
卒業できました。

中一の頃、姉は3年性 授業中先生に職員室へ呼ばれ、姉と遭遇
このまま帰りなさいと、姉と二人で自宅へ帰りました

何事ですか?

あの男が学校の職員室で暴れているという
なぜなら、少し前に家族3人で、あの男から逃げ出したからです

紙袋3個のほか全部置いて

実の父との当方も写る写真アルバムを置いて

後々、離婚調停後、姉の机と当方の机と仏壇は戻ってきましたが

父とのアルバムは戻ってきませんでした。

これらが、当方たち姉と弟の幼少期です。

姉は女の子で、当時男は母よりも10才年上の50才でした

50才の他人の男、女の子の裸もまだまだ興味があります。

姉と当時のことを、当方へ包み隠さず話してくれたことがあったが、不幸な事象がなかったのは
何よりも救いでした。

母親という動物は、頼るものがないと独りでは生きては行けない動物だと思う
特にまだ若い子連れの頃では
多分、資産を匂わせて、甘い言葉に騙されてしまったと思いますが

それによって、いちばん大切な幼少時代、人生の土台を形成する一番大切に時期
子供を離してしまい

4年間、1ヶ月に1回日帰りで顔を出す程度
当方も、人見知りする子供で、母方の祖母や叔父など会ったことも行ったこともない家に
置き去りにされて
ほんと大変な時代でした。
姉も、当方以上に大変だったと思います。
当方は、人見知りをして祖母や叔父に懐かない 心を開いたことはありません
しかし姉は、大人の顔色を見て素直に言うことを聞き懐いているフリをしていました。
多分そうだと思いますが

姉の性格スタイルが、この当時に身についてしまっていて
現在でも、母親に逆らえない、母親の言うことをじっと最後まで聞いて
話が途切れた時に、姉は応えています

なぜそう言えるのかは、実は母親と姉の電話の会話を聞いたことがある
驚きました。

当方なら、母親がまだ喋っている時に、割り込んで話してますが
特によく言う言葉は、人の話を聞け!
と怒鳴って!^^;
怒りながら親と会話をシますが、めんどくさくなると、強引に切ります^^;

ですから、姉は母親に逆らえないできているので、ストレスが溜まって病気になってしまうのです。

ルーツを理解しているので、姉が精神的に病んでいるのはなるべくしてなっていると思っています。

ストレス病です。 病気には、認知症や 分裂症、今で言う統合失調症 鬱病 いろいろ

姉の病気は、当方の病気と同じす。
性格的な病気  いわゆる内に籠もる 心がナイーブ 特に姉は真面目すぎるのです
臨機応変にテキトーにできないタイプ

潔癖症、完璧主義 人に弱みを見せない 握らせない!

つまり姉の病気は、ストレスから来る病気で、身体に酸素が足りないのです!
酸素が足りなくなると、物凄く苦しくなります

その原因は、頭の中で騒ぐ雑念に占拠されているからです

精神的な疲れの病気です 病気なのです! なぜ病気と太鼓判を押すか!
これら自分の欠点を病気と自覚してないと思います

だからいつまで経っても治らないのです。
姉の嫁入り前は、母親と仲良く普通にやっていたと思う
それから30年以上も離れてくれしているのだが
過去のフラッシュバツクと記憶の断片に悩みだしたのは子育てが終わった後
現実世界でのストレスから、ドンドン自分を追込で被害者てきな事柄に敏感に
反応するようになってきたわけです

古傷に触らっると、攻撃されたと自分を守るために防御の姿勢になってしまいます。
そうなると、もはや会話はできません

当方は、すべて自分のことは自覚しています、精神的な病、今まですいぶん乗り越えてきていますよ
自分自身、病気と気がついてない数年間
ほんと、今思えば異常な行動をしていました。

高周波騒音 攻撃者 隣から高周波騒音攻撃をされておるとばかり思っていました。
右の耳に限り、聞こえる、回転する高周波音
ノイローゼになっていましたよ
耳栓しても聞こえるので、片耳栓千円のものを買ってつけたり
3年位です、冬になると聞こえてくるんですよ

仕事場とか、町のモールとか雑踏では聞こえない
静まり返った部屋のみ聞こえるのです
しかし、実家へ止まった時に右耳から聞こえてきたので、その時初めて
耳鳴りだと気がついたのです それほど奇妙な鳴り方で換気扇が回転する騒音なんです

そうやって、耳鳴り=病気だったと悟ってから、どんどん音は奥へと引っ込んでゆき
今では聞こえなくなりました。
あの頃、4年前になると思うが、ホント大変でした

ですから、病気と自覚しない限り、改善は長引いてしまうのです

素直に病気と悟り、その病気を克服する姿勢が大切なのです。

人は、性格や気質は変えられないが、自意識である程度コントロールできます。
つまり、病気の苦しい自覚症状を和らげることができますし
来る周期を遅らせたり
やり過ごしたりとできるようになります。

それには知識と経験です それの積み重ねで
苦しさを忘れてゆくのみです

人間は忘れる動物が基本なので、気にする部分に学問などでも知識を身に着け
なるべくスルーできるように訓練するのです。

訓練=努力です。

お掃除をする時に雑念を消す為に、感謝の心を言葉で言い表しながらお掃除しましょう!
それをするので、愚痴をいいながらやっているのとでは
精神向上の観点からしても全然違ちがいます。

いわゆる、身体を動かすことで新鮮な酸素を体に取り入れられるので
古い考えは汗となって汗腺から蒸発してゆきます。

この病気を抱えている人は、具合が悪いからと寝込んでいてはダメです!
体を動かすのです
汗をかくまで動くのです 動いている間は、感謝の気持になって動きます。

当方は今語ってきたことはすべて経験して語っております。

当方なんか、ベッドに寝ていて具合が悪く寝られずに、真夜中三時に

ジョギングをしたこともあります。

完治しない病気なので、生活にうまく馴染んでゆくことです

それも修行だと思えば、天からのありがたい賜物ですよ!

当方の言うことは、経験からそしてその経験をさせてくれるのは当方についている高貴な精霊(守護霊)です。

魂のステージを上げるためには通らなくてはならない人生行路です。

そういう人はいっぱいいるので、みな磨かれているのです(^o^)v

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