こらこら

おふくろ91歳です。
ここ見られるあなたの将来かも知れな~~い(p_-)

なんちゃって(;^_^A

右のソファーを塗装用のマスカーを巻いたんだが
ここをはじめてみる方にご説明しますと

認知症が進んだおふくろさんがソファーに寝てお漏らしをするのです
オムツは、毎日ヘルパーさんが交換しています  が
オムツをなぜか脱いで ソファー直にうんこを落とすのです\(◎o◎)/!

これはヘルパーさんはソファーに落とされた生々のうんこを
片付けたことはない

当方がたまたま

ソファーのシートをめくって発見\(◎o◎)/! 💩

まじ最初はそのままにして逃げ出したんだが

逃げられない呪縛の中に陥っているわけで

実家へ戻って泣きながら親の💩を片付けたという(‘_’)

勘弁してくれよm(__)m 親不孝な息子でしたよ!

ということで、ソファーをもう絶対汚されないようにしなくては!

おいおい こらこら

なんで剥がしてんだよ~~~\(◎o◎)/!

おまえ ふざけんな!

ちきしょ~~~( ノД`)シクシク…

どうしたらいいのだ?

厚手のビニールシートでソファーのフレームにタッカーで打ち込んで
留めるしかなさそうだな!

みなさん くれぐれも 認知症にならないように気を付けてください!
水を飲む習慣を身につけると良いよ
一日2リッターだったかな?

ある地方で認知症の高齢者を集めて水を進んで飲ませて、認知症が軽減されていったとか、記録がある
テレビの特集を見たことがある

水分を多くとると、身体全体に循環するので、脳などにも良いそうです
認知症は脳の萎縮、脳細胞の減少からなるので
それを遅らせる為に、水分を多く補給して血液サラサラにしておくと
認知症は防止できるようです。

水分が足らないと、脳みそが腐るんですよアルミ成分とかも溜まるからね
認知症になると

お漏らしして下半身汚いまま過ごして
何人かのヘルパーに下半身丸出しでお世話してもらうから
まともな人だったら、その前に死にたいと思うだろうけど

生かされているからね~
どんどん、自分というものがなくなってゆくんですよ

当方のおふくろさんは、数年前までは、まじ 記憶の良い人で
ドラマとか見ると、終わりまでメモして
その内容を、詳しく説明ができる人だったんです
驚くほど記憶の良い人でしたが

暗算もできるし

ところが~~~です(V)o¥o(V)

親が認知症になってしまったのには

子にも原因があるんです

認知症への道が開いたのは、自己逃避というより、自己保存というか
現状維持 つまり、前向きな考えがなかった為です
現実を実感せずそらした生き方をしてきた結果です。

1度目の結婚で当方たち二人を産んで結婚から8年経過で
亭主が交通事故死
おりの合わないお姑から離れる為に無言で飛び出した!
再婚2年で離婚調停

金も何もかも0になって子供二人と民生員の世話になりながら

水商売 ホステス業

6畳一間から貸し間へ引っ越したところの大家さんに頼んで
ここの住所を本籍にしてもらったり

そして、都営住宅に当選

母子家庭の3人家族が 都営団地 3DKの間取りに住み着く

おふくろさん47歳か48歳のころだったかな?

1977年新築時入居で

計算するとおふくろ47歳のころですね

今年91歳

姉は24歳で出家だ

当方はその前から出ているんですよ(;^_^A

息子の当方は、15歳から母子家庭を離れて仕事に就いて
寮生活したり(;^_^A
アパート生活したり
いきなり東京は有明ふ頭から沖縄~沖縄諸島巡りしたり(;^_^A
そのまま縦断して九州~バイトしながら
一人旅をエンジョイ!

生まれ故郷の郡山で祖母に会いshowへの保険金のあまりがあるからと
8万円をもらって
そのまま北海道へ渡って最北端を目指し
苫小牧かから東京ゆきの船に乗ってB甲板船室 6人部屋の船室ですよ
ダレもいなかった32時間だったかな?

二十歳の頃
とにかく一人で初めてゆく場所へ行きたかったのです
南の方に憧れていて、まず南へ、今住んでいる所から遠く離れて見たかったのです

お金が尽きてしまい、九州行きの船代しかなくて
バイトしてお金を稼ぐために福岡行きフェリーに乗ったのでした

手もち500円玉1枚しかなくなって、野宿しながらアルバイトニュースをみて

何件か面接したが断られ
確かに容姿が浮浪者 頭ぼさぼさで、肌は黒く焼けているし(;^_^A
ギリギリのところで 戦国焼き鳥家康に拾われて
食事つきの寮に入れたのでした

本州縦断で、同じようにバイトしました。
という人間

一般的な人生を歩む人ではない

歌を作る為なので、一回り小さなレキントギターをザックに
入れて旅回りをしていた

20代は。ほとんど仕事運がなく

あちこちと期間契約の仕事を寮に入って従事

第2次オイルショックで人員整理 リストラが流行っていた

3回目の人員整理にひっかかり

退職、その頃から自律神経失調症を併発

原因不明のめまい

などで、大学病院4件くらいかな?検査をしただけで
治療ナシ

どんどん具合が悪くなってきて

ある時町場の病院へ通う事となった それから薬ずけの道がはじまる

27歳で、バイトから引き抜きで職人となり倍の日当となる

29歳8月31日でやっていた薬をきっぱりやめ!

戦いの道へ突入

具合の悪さ頂点が29歳の夏

3ヵ月働いた金が底を尽き

かねてからカンバックコールを会社の責任者からかかっていて
復帰することとなった

グラグラめまいは治らない
仕事は高所専門、足場の悪い場所でも仕事をする

仕事では、1歩間違えると、自分が転落死する可能性が高いので
仕事ではいつも、真剣勝負なので、大丈夫でした

しかし、じっとしていると、平衡感覚を失うように
ぐらぐらするので、その気を散らすのにいつも努力
10年以上具合の悪さは続きました

この病気は完治はないです。

中枢神経を精神安定剤でコントロールしていると
本来備わる自然治癒力が働かなくなるのです

これを元の健康な体に戻すには、薬に頼っていてはダメです

薬をやれば、又楽にはなるんだが、病気は治せない!

とにかく当時は、物凄く具合の悪い自覚症状に耐えて
日めくりカレンダーをめくるように
その日その日を生きてきたって感じ

未来なんか絶望
しかし、必ず治るように祈りながら生きてきたって感じです

当方の20代後半と30代全部グレーゾーンです

やっと生きてこられたつて感じですよ

人と対面したくない

具合が悪くなる だからいつも左手で首を揉んだり

数年前、姉に話すとそんなの大病じゃない、と言われました

じゃ、大病ってなに? 癌になって手術が大病なのかな?

薬を断って、その禁断症状は中枢神経が痺れてくるんですよ
頭の中です

その自覚症状は起きている間苦しみぬきます。

これ以上の地獄の体感はないですよ
全治3ヵ月とかで、治る傷なら良いけどね
癌になった人は、家族にも理解されるし 社会が相手して
入院して治療ができる

胃がんだと、痛みが酷くなると思うが、1時でも痛みは引くときがあるだろう

痛みが起きてから寝るまで継続していたらそれはもう死ぬ寸前です

痛みと緩和の波があるはず

当方の場合は、起きている間常に中枢神経が痺れっぱなし

脳が痺れる自覚症状って、弱い人だったら自殺してしまうでしょう

当方は、たった一人で神様にすべてをゆだねて毎日目ざめてましたよ

ていう時代がありました(^^)v

一番大切なのは、信念です。

当方に信念があったからこそ、克服できたのです。

ですから、普通の人とは全然違う人生行路を生きているわけです

結婚もしたことない 親の面倒も見れる財力もない

しかし、当方自分を卑下はしないです

何のために生まれてきたのかって、理解しているので

おふくろさんの身の回りの面倒は、前から言っている 息子だから義務

ということではなく、自分が生まれてきた意味を理解する当方は

おふくろさんの面倒を見るのは使命だと悟るのです

これはすでに、当方が生まれる前から決まっていることです。

そして、おふくろさんもどんどん極楽浄土がまじかな期間が迫つてきて
姉と絶縁したのも

良いです OK 姉は姉、子供3人産んで 育てて
今では孫が増えていえうところ

そのリズムを壊さないように自分の城を守って生きてゆけばいいのです

当方とおふくろさんは、因縁です

自律神経失調症だって母親譲り

血液型ABと同じだし 体の作り、皮膚や筋肉の作りなども似ている
つまり、因縁を背負って来ているのですよ

おふくろさんの単純な行動で、息子という存在が60歳過ぎまで生きてこられた
という風に考えます
親父系を背負っていたら、多分若死にしていたかもしれない
親父は33歳で没したが、長男として育ってきたが
実は長男がいたのです 生後5ヶ月の

本当は次男なんですよ
そして、跡取り息子の息子である当方は、跡を継がず親父系統と縁を切っている

それはおふくろさんの天然的行動によることで、実は当方は古くからの因縁から救われてきたということだ

現在おふくろさんは、意識が逆行して幼児のような真似をしているが
人生の最期を楽しんでいるのです

最後息子に学ばせているのですよ

うんこ見せて\(◎o◎)/!

親のうんこ如きで動揺するなかれと…

 

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