最近考え方が変化した

自殺について
この方向性を助長しては罪だが

当方の考えは、仏教のような考えで
自分自身で自分を死なせては、魂的にも罪で 天国へは行けず
死んだその場で地縛霊として

死んだ瞬間までの心痛を抱いたまま苦しむのだと
思っていた

それが変化しました

どう変化したかは?
自殺も人生の選択肢なんだと

それに対して、天罰はナイと

ないですよ! みんな心痛の極みから自殺を選ぶんだから
死んでまで心痛が継続することはないです

なぜなら 苦あれば楽あり

これはこの世界の道理なのです。

人生を全うするという事は、神に生かされているので どんな辛い境遇に遭遇したとしても
それを乗り越えて生きることに意味があるのです。

生があれば死があります それは誰の前にもいつかは訪れてきます
それが、早いか? 遅いか?
死を自覚してしまうのか? 人生は色々です。

例えば、法を犯すと 法で裁かれますが

自殺の場合は 自分を殺す事なのです

それは、罪がないとは言えません 自分を殺すことができる人は 他人も殺すことができます。

良い事ではありません

他人を殺せば 法的にも罰せられ

それだけではなく、魂の域でも罰せられます 法律などよりも きつい罰です。

自殺の場合は

誰もが修行僧のような 魂の磨きをされているわけではなく

人の経験の差によって

気持ちの限界値が違います

こころの禊で、自覚し学べなかった者 つまり未熟な魂ゆへ 死を選ぶ

自らの辛さで死を選ぶ人は 未熟なんです

ぎりぎり 学び舎の精神が宿ったならば

死を選んだ道から必然的に反れて

新しい気持ちを抱くことができ 困難となる道へ向かって突き進む

いわゆる 人生のチャレンジャーへと変身してしまうでしょう

魂の磨きです

すべての煩悩を消して 自分の魂の磨きに意識をした新しい人生に生きる

死のうとか 死を意識してしまった人へ

自分は本当にちっぽけな人間ですよ!
独りでは限界です!
頑張ってきたけど もうダメだ!

そう思うならば そんな自分を終わりにした方が良い
誤解しないように
自分は強くはない 弱いんだから 弱いなりに していればいい
つまり 必要以上 頑張るな! 疲れるから

疲れないように 能力を小出しにして流れるがまま生きて行けば良いのです
流れるままです 楽に生きる

楽ですよ~ 流れるままは
自然まかせ

そして、気持ちを変えるべきです 気持ちが変わらなければ 何もはじまらない!

自分はもう意識しない事!
自分以外の事を考えるようにしてゆくことです
人の為に生きることですよ

いや 動物でも良いし 自然の為にでもいい

消して自分の為にとか思わないようにすること

自分を消すんですよ 意識から

自分は天に預けるのです

自分と言う存在は 自分が発生させているわけではない!

自分と言う意識は 天から頂いた 時間です

自分だけの為の時間ですよ  貴重な時間を頂いているのです。

その時間はいつかは止まります

その時間を自分の為に使うのではなくて

自分以外の世界へ意識を向けて消化してゆくのです

 

自分がなければ 自分に対して苦しみません

苦しむならば 自分以外を見つめて苦しめばいいのです

哀しみも 自分以外を思って哀しみましょう

そうすると もうあなたは天使ですよ

死を選ぶよりも 天使になることを選ぶこと

生かされているんだ という気持ちが 湧いてきたなら

生きてゆくうえでの 生きる苦しみは もうないですよ

だって 生かされているから

いつでも天国へ返してくださいねって感じです(^^)v

 

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