涙ぽろぽろ

ひざわんこってぬいぐるみ

良くできてます 毛並み肌触りは愛犬に似ているし
胴体にそば枕のように何か仕込んでいるようです
手足がぶらぶらしていて先端が固く 触って感触を楽しむ

愛犬の写真を送ってまったくそっくりに羊の毛で作るものもあるが
4~50万円かかるし、あれは鑑賞用で、ぬぐるみのように丈夫な作りではない
と思う

大きさとしては子犬程度 鼻先から後ろ足まで40cm
愛犬は伸びると50cm

 

 

 

 

 

耳の付け方が、違うね
シッポはナナちゃんは上がってない
立つ時はうんちする時

このぬいぐるみの購入者レビューをみると
ななちゃんより丸1年長生きして亡くなってのこのぬいぐるみ購入なんだが
商品レビューをずっと折ってゆくと、2か月後にわんちゃんのフードを購入していて
先のレビューでは4か月になる仔犬で同じ犬種をどうやら向かい入れて育てている様子

それみて、女性っていうのは、強いなと思った
育てることに意義がある?

考えると

家族の中で家族の一員として愛犬を長年育ててきていつか愛犬は寿命で亡くなってしまうと
その家族の中の輪が欠けてしまうんでしょう
その輪を埋めるために新たに仔犬から育てて行く

例えば、夫婦間でも、夫婦二人、1対1での生活ではなく、必ず愛犬がいて
輪が成り立っているとしたら
夫婦二人っきりでは寂しくて生活が低迷してしまう

家族とも楽しく過ごす為には、欠けた輪を埋めなくてはならない

また違う例では、家族の輪の中にワンちゃんも家族の一員で過ごしてきていたが
家族の輪が、バラバラとなった家庭では
ワンちゃんの存在は重荷となってしまうのだろう

次に、単身者がわんちゃんを迎え入れて 家族として生活してゆくと
まぁ 当方の環境だが、このケースの方が愛犬が亡くなると、一番つらい羽目になると思う

1対1ですから、愛犬に依存しきった生活 親とは別居生活が長かったし
例え同居していた時でも、常に離れず側にいることはない
だから、愛犬の場合は人間よりも別れは辛いんですよ

人間以上に自分にとって近い存在 特別な心の部屋にいるんです

最初から高齢犬を引き取ってきて、いずれは看取ってあげると思い続けて来たけど
これが現実的に遭遇すると
そんな軽い言葉なんかではないよ こればっかりは辛すぎる

人生で一番悲しい

愛犬の里親となってまるまる3年間なんだが、一生懸命に面倒見てきたので
凄く長い時間を過ごしてきた気持ちだ

写真撮影もビデオ撮影も膨大な量 毎日何枚も撮影してきたし
そして、色んな所へ自転車と愛犬をスリングキャリーバッグに入れて
タスキ掛けで、色んな所へ散歩してきた

ここに住んでいる限りは、愛犬との想い出から遠ざかれやしないほどだ

当方は30歳の頃から薬物依存症からの離脱でその禁断症状の地獄を経験してきている
一度神経中枢を麻痺させる薬物を常用してゆくと
薬なしでは生きて行けなくなります。

率直に言うと 精神安定剤 簡単に処方されるが  薬物で脳神経を軽く麻痺させて
眠りを誘うのだが
一度でもそれを経験してしまうと、脳神経はその薬物がないと、まともに機能しなくなるのです
つまり自律神経が完璧に崩れて、体調はとんでもなく辛い状態となってしまうわけです。
これを当方は

薬物という薬物から完全に離脱したのです。

この辛さは死んだ方が楽です
それを当方は秒刻みの苦痛を感じながら日を重ねて行って克服していったのです。
しかし完全には治りません
苦痛と友達になるしかない人生
自分を磨いて行かないと、まともに生きて行けない 魂の修行僧となるしかないのです。

当方の人生で大きな難解を背負ってきたのは、身体の苦痛だ
どこか痛いという方向のものではなく、不快感 自律神経失調症を経験する人なら
その苦痛感は理解できるかと思う

しかし、当方の人生では、病的な苦痛感を経験するが、深い悲しみなどは
経験したことがない

そして、それは今深い悲しみの真っただ中を経験している

しかし、これは当方の人間性的な、まだまだ未熟さゆへ深い悲しみが継続していってしまっている

まだなだ未熟なのだから、この哀しみを超えるにはやはり、自分磨きしかないのだ

自分の魂を磨いて行く 魂の修行僧だ!

この2022年は当方の人生にとって特別な年で

母親の死 愛犬の死

今この時間は、止まることはない 今この瞬間は二度とない時間なのだ

母親の死は、そう永遠の死です 愛犬も二度と生き返りません

そしてそれは、すべてに等しく起こることです

今日、公園で愛犬と散歩する人たちも いつかは別れがやってきます

深い悲しみを誰もが経験します

深い悲しみ それは、心を養い育てられることに繋がる

人が経験して心を育てられ

やがては自分の番がやってくる

心臓の鼓動と呼吸を止めるのは、神様以外にいないのです

これが、生かされている証です

当方は、母親と愛犬と2度も神に生かされているという証に遭遇したのだ

母親の息が止まったのは9時50分 愛犬も9時50分

これは神様しかできない事です。

確かに二人とも大往生だけど

少なくとも死へ向かうには苦しんでいました。

その生きる最後の苦しみを神様が取り除いてくれたのです。

魂を引き上げてくれたのですよ

さぁ ななちゃん 苦しかったね もう大丈夫 最後だから 精一杯背を伸ばしなさい

愛犬は亡くなった後に 2回大きなあくびと 背筋や手足を伸ばして最後にシッポをピンと伸ばしました。

その後に静かに永眠しました。

永眠する4日前に痙攣が2時間続いて脳症を起こし全身不随となってしまったのです。

亡くなる4日間は水の入った器を近づけると舌を出してぺろぺろしていたが
後ろ足の筋が硬直したままで棒のようになっていた
意識はなかったと思うが、それでも痙攣というか、ピクピクが断続的に発生していた
これで意識を持って生きてゆくのは困難だと思った
(意識があったからこそ水を舌を出してぺろぺろしたのだと思う)

当方は安楽死を考えて、ネットで検索し どこかの動物病院では確かに安楽死を薦める
獣医がいたが

ここで当方は、安楽死を肯定してはならない!と思ったのです
生きとし生けるもののすべての命は

神様が決める事

人は神様ではない

みな生かされているんですよ
それは人間だけではなくて 動物も生かされているのです

だから、安楽死を肯定してはいけない

そう確信した後の愛犬の死

母親と同じ9時50分は 当方が信じた通り 神様の力で愛犬ナナちゃんを天国へ救いあげてくれたんだと 確信しています。

 

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ジョギング&ウォーキングの日々

今日で4日目だと思うが
毎朝と夕方 ジョギングとウォーキングを1時間ずつしている

自宅から自転車で20分先の都立公園
愛犬との散歩コース

ちなみに、何処へ行っても愛犬との散歩コースなのです
時々涙浮かべながら走っている

いや、ほぼウォーキングだが

都立公園は、まだ暗い時間帯は、ワンちゃん連れがほとんどで
懐中電灯のあかりで散歩されている

午前7時になると、ぞくぞくジョギング人が増えて来る
ワンちゃんと飼い主さんを見るのは、意外に癒しに繋がるのです

 

毎日写真撮影をし
それを増やして行く

 

愛犬の散骨で、形のあるまま散骨したので
それが、そのままの形で見られたので
寂しそうなので、持ち帰り骨壺に収納した

肋骨と腰の部分 真っ白だった遺骨も自然に触れて薄汚れてしまったが

 

この場所は、想い出が多すぎる

 

 

弾き語りの場所

 

 

 

風が吹くと寒くてやっていられない!

 

仕事が見つかるまで

 

 

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第二弾

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