40年ぶりの弾き語りで、たった2回

オリジナルソングというと、とかく自分の好きな歌手ににたような
歌になってしまうのは、大体はみんなそうですが

当方は、不思議と自分の世界を昔から構築していっています
どうして自分で言えるかというと
当方は音楽をやってるつもりはさらさらなくて
単に、日記を作ってるだけです

絵日記とかありますが
歌日記なんですよ(;^_^A

なので、人に聞いてもらうような方向の唄ではありません
あくまでも日記です。

でも、その日記に対しては、特別な思考を抱いていました。
井上陽水のような位置があこがれていました。
日常で歌が作れる時、そのプロセスからみても、湧いてきたメロディーを書き留めて
まとめないとならない、一日5時間や6時間は必要な時間です。

音楽に身も心も染まる時間のはざまって、麻薬をやってるような時間です。
音楽に身も心も陶酔できるタイムなのです。

一度取り掛かると、タイムリミットがきて、一旦作業を保存して
次回、時間が許されたときに保存したものを開いて、音楽創作ってわけにはゆかないのです
当方の場合の唄作りは、最初から最後まで感性で制作するので

良い波が来た時にまだまだ感性できないところタイムリミット!
次回に回す
こんなことをやってるから、未完成の歌が増えるのです。

その時の感覚は、その時注がれたままで、時間を置いたその先に同じ感性が
湧き出ることはないです。

毎日同じ道を歩いていると
目の前の刺激ばかりで、自分が本当に望む音楽からかけ離れてゆくような気がしたり

、当方、歌は凄く音痴なんだけど
自分で言ってはなんなんだけど…

天然なのかな 心は純なんです

思いこんだら、自分の信念は曲げない!

人が何言おうが

自分の人生

今音楽っていったけど、音楽じゃないです ただ、歌を作ること
それは自分の世界観との遊びというか

唯一のとりえというか

普通の人よりも 内なる世界が広がってるというか?

なんだろね?

なんでも理屈をこねると 屁理屈に鳴りますよね(;^_^A

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