
実は、この日当方は

バツ印のビルの屋上で仕事をしていました。
仕事は9時に仲間と合流してから受付を済ませ
屋上に常設されるゴンドラのメンテナンスの仕事をしていました。
9時です、別に何でもありません
ところがすぐに屋上の右手の九段下駅入り口に消防車がサイレンを鳴らして
何台も集まってきたのです。
何事かと屋上から見てました。
この時、サリン事件だとはわかっていませんでした。
仕事のメンテナンスは1現場1台に付き1時間
10時過ぎには次の現場の霞が関合同庁舎の時もあるのですよ
当然地下鉄での移動です。
画像キャプチャーしました。
これ神保町駅地下鉄入り口ですよ
1995年だから ちょうど30年前です。 当方36歳
当時世田谷代田の自宅からだと小田急線ー千代田線ー表参道乗り換え
半蔵門線ー九段下ー神保町 千代田線ー霞が関
三茶まで原付で、新玉川線ー半蔵門線ー九段下ー神保町
引用
1995年(平成7年)3月20日(月曜日)午前8時ごろ、東京都内の帝都高速度交通営団(現東京メトロ、以下営団地下鉄)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスのサリンが散布された。乗客や駅員ら12 – 14人[注 1]が死亡、負傷者数は約6,300人とされる。引用終わり
当方は千代田線と半蔵門線でした。 九段下現場9時なんで
8時台は電車に乗ってます。
当時こんなことがあったなんてよもや思わん
運悪かったら遭遇していたかもしれない
この日は、次の現場は霞が関ではなく、市ヶ谷だったかな?
記憶にない
こんなテロ起こした浅原組織がまだ存続しているなんて
人間って、魂を売った人間は、生きる屍なので、人も簡単に殺めるし
怖いですよ
宗教組織って当方は嫌いです。
1995年は大きなものは、1月17日阪神大震災
当方は毎朝5時起きで、朝風呂入ってお弁当作って朝ごはん食べて
と朝は忙しく
点いているテレビで、5時46分 ニュース速報で
阪神の地震を速報したが、まだ映像がでてなくて
スタジオでは地震学者などが電話で解説していて
大したことはないでしょう~などと発言しているところで
現場からヘリに乗ったアナウンサーが地震学者に怒鳴ったんですよ
そして、映像がやっと撮影されたのは、高速道路の倒壊
ビルの中にある駅と電車が倒壊
未曽有の光景に、驚いた様子でした
当方は、西宮に住む姉の固定電話に電話したんだが、話し中状態
母親のところに電話をしてテレビを点けてと!言いながら
お姉ちゃんのところへ電話してと、母親へ渡して
当方は普通に出勤
阪神大震災で西宮はかなりの数の家屋は倒壊したんだが
家の姉家族が住んでいる建物は、軽量鉄骨造で、唯一倒壊は免れたのです
賃貸ですよ 1階に玄関と居間があって2階に2部屋がある
へーベルハウスだね
結婚当初は実家のすぐそばに住んでいたんだが
2~3年後に義理兄の故郷へ行ってからずっと同じアパート住まいですよ
40年以上住んでいる
24歳で結婚して5年くらい東京にいたのかな?
西宮へ行っていまでも同じアパート住まいですよ
弟の当方としては
夫婦仲睦ましく老後を楽しく生活していってほしいと思う
義理兄は今年70歳だし 夫婦なのに単身は可哀そうだな~
当方の姉は、怒ると貝のように閉ざしてしまうので
さそり座の女だし(;^ω^) あごめんね当方のガールフレンドちゃんもですが(;^ω^)
当方もさそり座だからね
義理兄はおとめ座なんで、さそり座相手は大変だと思うよ~
頑張ってよ\(^o^)/
コツ教えてあげるよ まず好きな女に対して誠実であること
そして、あきらめない 時には真剣に怒ってみる
そして情熱を注ぐ
それでダメなら あきらめましょう ( ゚Д゚)
夫婦なら 遠慮は無用だよ