究極なる母性愛は殺人者をも愛する

http://www.amnesty.or.jp/human-rights/topic/death_penalty/yamaguchiyumiko.html

死刑廃止 – 著名人メッセージ:山口由美子さん

山口由美子さん(西鉄バスジャック事件被害者)

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当方の主観だが、犯罪を犯してしまった者はそれなりの報いを受けるべきです。
これは、当たり前で、犯罪というのは法を犯してしまった罪です。
世の中に国家がなく法律がなかったならば、すべてが自己責任です。
倫理これは学んで取得できることではなくて、人間として生まれてきたのならば
自然に身についてくるものです。

殺人を犯してしまった者は、その内容によりけりだが
故意に人の命、人生を奪ってしまった者は、やはり極刑を受けるべきであると思う
そうしてゆかないと、殺人がどれだけ罪なのか? が変化してしまうのです。
人類には戦争が切り離せず殺人を国家で犯しています。
戦争以外で人を殺すと極刑になるが、国家ぐるみで殺人を犯してもだれひとり
極刑にはならない!
これが矛盾していることで
殺人事件も毎日繰り返ししているのが現状です。

人のDNAに他人を傷つけ殺すというものも組み込まれているわけです。
これを制御できるのは、正しき信念でしかありません
人を殺してはいけない、自分の親や兄弟を、今まで一緒に生まれ育ってきた人の人生を、誰が奪えることができますか?

と思うのが普通の人間なのですが、世の中事件を起こす者は普通の者ではなく
普通の者の尺度で測れない普通じゃない者が多く生息しているのが現状です。

人を殺す行為は、動物的な感覚です
普段普通の人間のような人が、何かの感情起伏で自意識のコントロールを失った時
動物の感覚だけが働き、攻撃性になり人を殺したりしてしまうのだろうと思う。

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引用

バスジャックをした少年を通して気づきました。いろんな人から心を傷つけられ、そのやり場のない気持ち をだれにも理解されずに、ぎりぎりのところで自分の尊厳を守るため、他人に刃物を 向ける人がいるのです。
人を殺すということは絶対にゆるされる行為ではありません。でも、そういう状況を 考えたとき、死刑や厳罰では何にもならないと思うのは私だけでしょうか。そこに至 るまでの生命の軌跡に共に向き合い、人として尊重されて初めて謝罪の心が生まれて くると思います。私たち被害者がいちばん望んでいるのは、加害者の心からの謝罪、 そして再び罪を犯してほしくないということです。
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世の中には、色んな角度から物事を解釈し、色んな人がいてはじめて世の中といいます。
こんな事を言ってるからと、自分の意見と正反対だからと責めたりしても始まりません

世の中には、色んな人の考えというのがあり、こちらの記事を書く事件当事者もそのいろんな考えの人の中の一人です。

当方の考えは、やはり死刑を廃止はできないです。
なぜなら、死刑を廃止してしまった日本は治安が確実に悪化し殺人事件は今の数十倍まで増えてしまいます。
それは確実に目に見えます。
こういうことからも、絶対に日本は死刑を廃止してはなりません
殺人を増やさないための極刑です。

しかし、飾りでは意味はなく、死刑執行で意味ある極刑となっています。
死にたくなければ人殺しだけはするな、死にたくなければ危険を感じたらその場から離れなさい!
逮捕されたくなかったら、犯罪を犯すな!
それは、倫理観の足りない人が学ぶべき道理です。
倫理観の足りない人でも、この原則を学べば、殺人事件も起こさないだろうし
泥棒もしないだろう!

学べない人が犯罪を犯しているのです。 ではなぜ学べないのか?
それは人のDNAの中に犯罪歴があるからです。

慣れてるのです。
たとえ初犯としても、先代で慣れているからできるのです。

今方の文章は、極刑を望む人と自分を区別して、自分が正しいのでは?というような
見解を含んでいると思うので、あまり拡散しないほうが良いのではないだろうか?

もちろん色んな意見としてあって良いのだが
被害者の立場で物を申すと特異質になるのでどうかと思う

”同じ船に乗り合わせた仲間”
殺人者も殺されるものも同じ船に乗り合わせた仲間

実は当方も前からブログで語っている事柄ですが
それを被害者の立場で語ってはいけないと思う なぜならその話は悟りの境地に
立たなければ出ない言葉だからだ!

同じ被害者がいるだろう、そういう人に諭す内容になるのです。
外から諭しても無意味であると思う

被害者として、いつまでも傷をつけてそれを踏み台にして生きている
ある手法なのです
ある意味女性特有の被害者真相 加害者への愛
いわゆる SMの世界で、Mになりきると人を傷つける者を同情し過大評価をしてしまう
どんなに悪でも、原因があるとし、犯罪を犯す、者を憎まず犯罪を侵させる根源を憎む
というような
人は傷つけられるほど甘い汁がにじみ出てきて癖になる人もいると思います。
それは真相Mです。

女性には特に多い感情です。
また、真性Mといいましたが、言い方を変えますと、「究極なる母性愛」
動物的な母性愛なのかもしれません
動物のメス親は、自分のお乳を分け隔てなく吸わせる
犬のメス親のお乳を子犬に混じって子猫が吸っていても咎めませんし
育てたりもします。

この究極なる母性愛なら自分の友人を殺し自分をナイフで傷つけた受刑者を

愛することができるのでしょうね
当方には理解できません 当たり前です 男ですからね

昔、自分の妹が殺されて、殺人者は受刑し、その姉は妹を殺した受刑者に手紙を書きました。
なぜ妹を殺したの?
から始まり、手紙のやり取りが続き
やがて姉は妹を殺した受刑者を同情し愛するようになってしまいました。
そして来るべき日が来ました。
極刑
妹を殺した愛する受刑者の死刑執行です。
その後殺された妹の姉はショックを受けて泣き暮らしたそうです。

あまり人の心の深層界には触れないほうが良いと思いますよ
外から覗く分にはいい意味でいいのだが、中にはいってはだめです!

究極なる母性愛が開花しないように(^○^)

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