悟り?

悟りとは少々違う路線かも知れない!
広島・長崎

日本への原爆投下

 広島市:1945年8月6日午前8時15分
長崎市:1945年8月9日午前11時02分(77年前)

罪もない多くの日本人がアメリカの原爆投下によって死亡しました。
死亡せずとも、生き延びた人たちは、今でも後遺症で普通の人よりも
過酷な人生を歩んできています。

ここで、当方は、こんな見解を抱いていました。

実にその当時の戦時中の当方の父親や母親は、15歳と16歳で、戦争体験をしてきていました。

その戦時中は、日本も武器が底を尽きてしまい、敵国を爆撃するにも 爆弾が亡くなってきてしまったのです

それでも天皇は敗戦を認めず
日本国民の人間爆弾として、海洋では人間魚雷とか
爆弾にしがみついて人間が操作をしないと敵の艦隊を爆撃できない
日本の兵隊が、爆弾と共に敵国軍艦へ特攻したのは事実です。

また空軍では、その当時の若者、大学生などを招集し特攻隊予備軍を設立し
飛行機のゼロ戦を操縦したこともない若者を単独で操縦できるいように訓練をしていたわけです。

これらは大日本帝国軍として強制です。

この特攻隊予備軍は、選ばれて隊に入隊ではなく、強制的に日本の若者を武器として
教育していたのです。

弾薬が尽きているので、ゼロ戦に乗る若者は弾薬の一部です だから 特攻隊と言うんですよ

出撃したら、最後アメリカ艦隊をめがけて特攻するんです いわゆるミサイルです。

特攻すれば、戻れないのです。
戻ってくれば、非国民扱いという当時の日本です

なので、まだ17歳にしても出撃を控えていても、明日出撃して死んでも

と、思い煩うことはありません すべてはお国の為という世界なので

死にたくないとか、本音をさらけ出せるような世の中ではありません

当方の父は当時16歳でした、昭和4年生まれです。

特攻隊予備軍だが、特攻する年齢が定められていました

志願兵で17歳~ 義務化は18歳から特攻

父は11月生まれで、実に敗戦となったのは5月頃だったか?

日本が無条件降伏をしていなく特攻を続けていたら

当方の父は誕生日の11月を過ぎ17歳となり、特攻隊予備軍から

出撃をしていたと思います

そうすると、当方は生まれていません!

当方の姉も生まれてないし、母親とも父は遭遇してない

広島・長崎に原爆を落とされて、大勢の日本人が一瞬にして死亡しました。

それを驚いて、天皇は無条件降伏をした

おかげで、当方は今存在している…

 

という見解を、今まで思ってきた
それは、運命として、日本の戦争を終わらせるには原爆は必要だったのか!
それまでは、日本も弾薬も尽きて、攻撃する武器がない
それでも、戦争をやめず、天皇は国民を人間爆弾にしていったのです
ほとんど異常な神経です

原爆を落とされてやっと把握した、大日本帝国は敗戦したんだと

当方は消して、原爆を肯定しません
しかし、その犠牲によってやっと、敗戦したのです 敗戦しなかったら
人間魚雷とかゼロ戦での特攻を若者がいなくなるまで行っていただろうと思う
そうなると、昭和4年生まれの当方の父は特攻の年齢を満たして
人間爆弾としてこの世から去っていたと思う

もう一度言いますが、そうなっては、父母から生まれてきた当方は今 存在してない

と今まで思ってきたが
やっと理解ができました

真実の理解

実は、当方が生まれてきたのには訳アリで
父を選んで生まれてきたのです

これは真実です

ということは、父 昭和4年うまれで、戦争が長引いて父の11月生まれの17歳に到達し
ゼロ戦に乗って人間爆弾 特攻隊として出撃し そこで人生が終わったとしても

実は当方にはまったく縁のない話なのです

まだ生まれてきていない当方は、その当時の父となる人物までリサーチしていません

つまり、当方が生まれるのは、当方に相応しい場所を選ぶ

いろんなところが存在します

当方自身に相応しい家庭を選んで生まれてきているので

戦時中云々は、まったく関係が無いです

なので、アメリカは日本を試験的に原爆を落とした罪は償わねばならない

人類史上 爆弾によって広島 長崎という都市に原爆を投下は

神でもないアメリカ人ができることではない!

人類史上の大罪を行ったのです。

けして歴史は許すことはないです 二度繰り返すとアメリカは天罰を下り消滅します。

 

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