イルカという海の動物について語るので読んでください

人類は、地球場のありとあらゆる物を食物として食べて良いのです。 この世の中は、そういう約束で作られていると思うのです。なぜなら、生活する地域 環境により生息する生物も違ってきますので 今食べ物というものは皆、食べられるかどうか?選ばれし者が先がけて毒味をしてきて体に安全かまたは食べられないものか
判断して今があります。 例えば道端に転がっている石ころが食べて甘かったとしたら食物になっています。 という事は、食べられるものは何でも食べてもいいことになっています。
例えば、信仰心から 愛する家族が死んでしまいまた生まれ変われるようにと

死んだ家族の肉を焼いて食べる風習の民族もあります。 これは日常の食べ物として食するわけではなく、あくまでも死んだ霊を供養する風習であるという事です

これが、人肉を食べて美味しくて忘れられなくなり食欲として人を殺して食べることはどこの世界でも猟奇であり禁止されています。
また、共喰いによって奇病が発生し伝染してしまうので現代では禁止されています。
この視点を良く考えてみましょう
人類は、地球上にあるものすべてを食べてもいいという自然があっても食べてはいけないものと位置付けることができます。
いわゆる倫理です。
動物にはこの倫理がないので、共喰いもする動物の種があります。

これも、生まれながらにしてのDNAが絡んでいて、共喰いはしない動物種もありますがこれは人間の考える倫理とは別です。動物の世界には親子の愛情という言葉はありません愛という言葉はなくても、相手を思いやる習性は備わっている動物種もあります。


動物の世界でも、弱いものを守ろうとする種もあります
 これは同情心という言葉ではなく感情から自然にくるものです。これがなければ、動物の世界でサークルは組めません 人間の世界と変わりなく喜怒哀楽は備わっているので、人間よりも生き物として劣るという事にはなりません、イルカは賢いからむやみに殺してはいけないと言う者が非難される風潮ですが これは言葉の言い回し方で、ゲーム好きな人がなぞなぞ遊びをしてしまう傾向にあると思います。


頭がいいから殺してはいけないでは、頭の悪い動物は殺して食べていいと連想ゲームに走らせてしまいます。 そうではなくて、上記でも語ったように、イルカ追い込み漁という残酷な漁が文化ときた地域と
それを見て、可哀想だから止めてくださいと意見が分かれます。 いわゆる、外か見る者にはイルカの追い込み漁を客観視でき倫理が働いているのです。 この内側で追い込み漁をする者たちは灯台元暗しで、これが倫理に反するということに気が付きません また、客観視する中で、イルカよりも漁を文化とし生活するものの立場を考えて、イルカ漁をやめるように言われる者への反感とイルカ漁を弁護する傾向ですが どちらも意見としては無責任なのです。


しかし、無責任でもどちらを優先したいかは、倫理が先立たなくてはなりません。

倫理無くしては世界の秩序は保たれません
人類は、学び舎でなくてはいい進化は遂げることができないばかりか

破滅の道を辿ってしまいます。

現代も原発云々で半ば破滅の道を辿ってきてしまいましたが、学び舎であるべきところ 学べない一部の組織が根ざしているおかげです。
イルカの追い込み漁は、もうこの辺で打ち止めにしてゆかなければなりません

そして、打ち止めにしても生活のできる道を切り開いて進歩しなくてはならないのです 当然、その地域だけの問題ではなく、日本列島すべてが手助けしてゆけば間違いなくその地域は進歩向上へと繋がるのです。


まず、イルカという動物の人類の認識は、こうです、可愛い 賢い 水族館でもイルカは賢い海の動物としての認識がありテレビドラマなどでも、まるでペットのように懐いて人間の為に活躍します。 テレビでも、イルカを食べ物として報道したことはありません ほとんどの日本人はイルカは食べ物として認識しておらず、ほとんど食べたことはありません、食べる習慣のあるのは、海寄りの地域に限られています。
こういうことからでも、イルカを食べるという事は、もはや時代遅れなのです。 時代だけではなく
倫理として見る意識向上のできる環境に地域は貧しいという事になります。 まず、どの食肉産業にも同じ思考が見られますが農家の場合 美味しい米を作る過程があり、真心を込めて制作した美味しい米を食べていただきたい
という精神であるかと思います。
酪農家の場合 愛情を込めて小牛を育てました。肉の味は格別なので食べてください イルカ漁の場合 今朝上がった獲れたて新鮮なイルカです。


さてどう思いですか? 農家の穀物は良くわかります。季節を通して一生懸命に麦を育てる。収穫する 大変な仕事です。酪農家の小牛によく名前を付けます 仮でみーちゃん わが子のように? 愛情をそそいで
育てた牛を時期が来ると加工会社へいい値で売ります。 これが童謡のドナドナです。

ある晴れた昼下がり 市場へ続く道
荷馬車がゴトゴト子牛を載せてゆく
可愛い子牛 売られてゆくよ
悲しそうな瞳で見ているよ
ドナドナドナドナ 子牛を載せて
ドナドナドナドーナ 荷馬車が揺れる

青い空 そよぐ風 つばめが飛びかう
荷馬車が市場へ子牛を乗せて行く
もしもつばさがあったならば
楽しい牧場に帰れるものを
ドナドナドナドナ 子牛を 乗せて
ドナドナドナドナ 荷馬車が ゆれる

大人の牛になったみーちゃんは市場へ続く道を辿って食肉加工センターで解体されてスパーの精肉コーナーに並びます。酪農家は、愛情を注いで育てはみーちゃんを売ります。= 金の為です。
ここに倫理はあるのかと問うと、倫理はありません 倫理は邪魔なだけです。
日本全国、いや世界中の人が邪魔な倫理を無視し食べているのでだれも、みーちゃんが売られて加工されて精肉コーナーに並んでもだれも何も思わないわけです。これを暗黙の了解とし常識化してきた文明なのです。
この倫理を重んじて意見を述べる人は大変ですよ 世界を敵に回すわけなので

多数決で負けます。 しかし、勝ち負けではなく、倫理を重んじる者こそ正しく良識が備わっていると思います。


イルカの追い込み漁では
大海原に生息するイルカのコロニー(集団=家族)を入江へ追い込んで追い込みながら小さくまとめ、素手や専用の道具で叩いたり刃物で刺したり切ったりして殺し船にあげます。 加工場までイルカを運んでもまだ生きているイルカがいるところすかさずイルカの喉元を包丁で切ります。
国はおおよそ殺し方の問題点を挙げてますが、即死させればみんなOKというのは愚かな話である。 これはイルカにとって家族でいるところ不意に追い込まれ
家族の目の前で撲殺や刺殺されるのを見ながら自分も殺されます。
イルカは頭脳明細で、言葉も喋りますし人間との意思の疎通ができる高等な動物です。その高等な動物が目の前で家族を殺される場面をまざまざと見ながら自分も殺されるのです。 頭の良い動物は殺してはならない=下等な動物は殺してよいこの言葉は基本的にないものなのです。
そして、どちらかというと、頭の良い動物とは、最も人間に近い動物であり、何ら人間と変わらず 5の感覚もあるし
また人の知るところではないイルカには感覚が備わっています。高等動物の漁は人を漁するのと同じなのです イルカ漁 イルカは魚ではないので イルカ猟が正しいのです。


ここまで説明しても理解のできない人は、愚か者であると認識します。

精神は何も人間ばかりに備わっていると思うのは間違いです。

イルカの追い込み猟は即刻止めるべきです。

※ 当方は学問を習得してこなかったので、文章としては最低ですので
どなたか、当方の意思を文章にして伝えてくれるとありがたいです。

ちなみに高校は夜学3年で中退した者の文章の書き方です。 あしからず

 

追記です 3月31日

イルカ漁に反対する人たち  Yahoo!知恵袋
イルカ漁に反対する人たちなぜイルカだけ特別扱いするんですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11125304101

出題者の方に感謝します。
知恵袋に書き込んだ文章は何年も残ってゆきますので
残したかったです。
少しずつでも読まれる方が意識改革し
イルカ漁がいつの日か廃絶されるよう願っております。
後は、この文章を読まれたみなさんが考えて行動してください
大役を渡しましたよ。

イルカを殺さないでください お願いします。

 

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